長い夏休み〜マーサとカノコ〜 深夜午前2時。 また困った時間に起きたものだわ、と彼女は苦笑いしながら緩やかなウェーブのかかった長い髪をかきあげる。 もう一度寝直すにはちょっと夢見が悪すぎた。 足音を忍ばせてダイニングキッチンの隅に置かれた小さな茶色いホビーテーブルに向かう。 パソコンの電源を入れる。一昔前に流行ったタイプのこの機械は起動音が少し大きいのが気になるが、そんな音で目を覚ます家族ではないのが救われる。 画面が開くまでの僅かな時間、脇の本棚の奥に隠したジンをグラスに注ぎ氷を入れ、カンパリを少したらすと、透き通った赤色の液体が出来上がる。それをじんわりと口に含ませながら椅子に座る。 ブックマークのいつものサイト。ログインIDとパスワード。 『マーサさんがログインしました』 自分のページの掲示板の書き込みにざっと目を通すと左上の小さなメールアイコンをクリックする。 開かれたwebメールのページに新着のメッセージ。 『差出人/カノコ/件名/(ノ−;)/2003.10.9 AM1:13:06』 >今日も眠れないよぉこれじゃ明日もガッコ行けないなぁ(笑) >マーサは今ごろぐっすりだよね。。。 >寂しいなぁ >早く朝になってマーサと話したいよぉ 彼女はくすっと笑って返信アイコンをクリックする。 >カノちゃんまたこんな時間に(^^;) >夜更かしはお肌の敵だよ >なんて、起きて返事書いてる私も私だけど 一分ほど待っている間に二口目の赤いアルコールをすする。 >えぇーーー!!?? >キタ―――ゝゝ(゚∀゚)ノノ―――!! >どうしたの!?こんな時間なのにマーサから返事がきたぁ! >こんな時間にPCやってて大丈夫なの!? >でも嬉しい〜ゝ(*⌒▽⌒*)ノ 彼女はキーボードの音をがちゃがちゃ響かせないよう、慎重に返事を書く。 チャットとは違う。チャットもあるのだが各自に『部屋』と呼ばれるページが与えられそこの掲示板で他の人と交流する。 自分の部屋に誰かが書き込むと相手の部屋へ行きその部屋の掲示板に返事を書く。その繰り返し。 相手は彼女と同じ主婦であったり"カノコ"のような学生であったり。とはいえ、会ったこともない顔も知らないネットでの付き合いのこと。その信憑性は定かではない。 >ちょっと嫌な夢を見ちゃってね。 >目が覚めちゃった。 >軽く一杯飲んで気分転換したらもう一度寝るつもり。 >カノちゃんはまだ寝ないの? >うーん。。。そろそろ寝た方がいいのかなぁ >でも全然眠くならないよぉ(⊃−;) >夢って?どんな夢? それは奇妙な夢だった。嫌な夢だった。 追いかけてくる。走っているのは公園のような、森のような、遊歩道のような小路。 明るく暖かな陽射しの細い砂利路。 すぐ隣に自分の肩ほどの高さの水色の金網。 その金網の下から無数の小さな手。手。手。。。何本もの小さな手。 走るごとに、一歩進むごとに増えて行く小さな手。 金網の向こうは暗い深い闇の森。手の正体も闇に溶け込んで解らない。 走って走って走って。。。辿り付いたのは断崖絶壁の崖。 崖の手前で金網も終わって森と小路は交差している。 ――あぁ、もう終わりだわ。。。 諦めて覚悟を決めて振り返ると、小さな手の大群は途切れた金網の所で止まっていた。 ゆらゆらと揺れながら、森と小路の交差した場所から出てこない。 ゆらゆらと恨めしそうに揺れながら。 >それは気持ち悪かったね〜 >(⌒▽)ノ(ノ-;)ゲンキダシテ! >でも何か意味深だね。。。 >何かの暗示かな!?(−"−)ムー 今二人がやりとりしているwebメールは部屋と違って他の人に読まれることなくやりとりができる。 あまり人に読まれたくない込入った内容や俗に言う"いかがわしい"内容に使われる。 だからというわけでもないが、部屋の掲示板を"表"と呼び、webメールを"裏"と呼ぶ。 >やだなぁ >変な暗示じゃなければいいけど(苦笑) >いい事かもよ!?。('▽'。)(。σ_σ)。ドキドキ >そういうの逆夢って言うんじゃなかったっけ? 別に他人に見られて困るような内容でもないのだが、いつ頃からか二人は0"表"を使わないで"裏"ばかり使うようになっていた。 >いい事?カノちゃんが学校に行くようになるとか?(笑) >いや、行きなさいなんて説教してるわけじゃないよ。 >無理して行くほどのモンでもないし。 二人がこのサイトで知り合ったのは夏の暑い日。ほんの2ヵ月ほど前。同じ頃に登録して『新規登録者名簿』に上下で名前が載ったのをツテに何となく行き来するようになった。 カノコは中学に入学したばかりの女の子だと自己紹介した。 マーサは小学生の娘と息子を持つ専業主婦だと自己紹介した。 最初はマーサが家事の合間しかPCを開けられないので、一日ほんの一時間程度のやりとりだった。 夏休みが始まって間も無く、少女に変化が訪れた。 夏休みの間中少女は人前はおろか家族にも殆ど姿を見せなくなった。 食事は一日に一度、真夜中冷蔵庫から適当なものを漁る。 母親が買い物に出て留守になった隙を狙って飲み物を取りに台所へ行く。冷蔵庫に何もなければ水だけを空のペットボトルに詰めて部屋に戻る。 きっかけは夏風邪だった。 三人娘の真中で、更に一番下に待望の長男がいる。成績は中の下。とりわけ運動ができるわけでもない。どこにでもいる普通の少女で普通の中学生。 長女のようにデキが良く頼りにされるわけでもなければ双子で生まれた年子の三女や長男のように猫可愛がりされることもない。 無愛想は生まれつきなのか、そういう環境下で作られたものなのか、そんな次女の存在が疎ましくなってゆき、自然母親も『娘を信頼していますから』という言葉の元に放置気味になる。 すれ違いは溝を生み気が付くと会話もない。そんなある夏の日。 「ともしとあかりは今度中学受験なんだから、二人にうつさないでよね」 風邪をひいたのをこれ幸いと言わんばかりに部屋から出ないように命じられた。 お見舞いにと弟が自分のパソコンを持ち込んで設置してくれたが、これは新しいパソコンをねだるための下準備。受験生ながら姉を気遣う弟という設定は見事に母親に受けたらしい。 「どうせワタシ一人市立しか行けない体裁の悪い子ですよー」 開き直った少女は夏風邪が直っても部屋から出てこなかった。 彼女はごく普通のどこにでもいる主婦だった。 専業主婦で家のことをするのも嫌いではなかった。主婦の仕事に誇りさえ持っていた。 家族が健康に豊に生活できるのは自分の働きあってこそと自負していた。 。。。そう思わなければとてもやっていけるものではなかった。。。 小学五年生になった長男が私立の中学を受験したいから塾を増やして欲しいとねだりだしたのがきっかけだった。 「だって陽くんもさゆりちゃんもN中学を受けるんだよ。仲良しの僕だけ市立なんて絶対嫌だよ!」 長男の偏差値はぎりぎりで五年生になってから塾に入ったとしても危ない賭けだろうと彼女は判断した。 「今よりもっといい塾に最初から入れてくれれば良かったんだよ」 「だってあの塾は受講料高いし、通うのに大変でしょう。交通費だってバカにならないのよ」 「陽くんのお母さんは塾の為に仕事してるのに!お母さんも仕事すればいいのに!」 そこに小学三年生の長女が口を挟んだ。 「そうよねぇ。お母さんが仕事してればゲームだってもっと買ってもらえるのに。クラスでプレステ2もアドバンスも持ってないの私だけよ、恥ずかしくって」 「プレイステーション2もアドバンスも無くてもキューブのソフトはちゃんと買ってあげてるでしょう。高君も自分の勉強不足を棚に上げないの!」 あなたも何か言ってやってください、そう思いながら夫に視線を投げた。 そして期待は裏切られた。 「しょうがないだろう。お母さんは家事しか取り得がないんだから」 ――あんな言い方ってあるかしら? ――不景気でお父さんのお給料が下がったからだって言ってやればよかったかしら? 所詮自分の仕事は認められていない、自分の地位はこの家の中では一番下なのだと、そうではないかと薄々感じていた空気の中で彼女の窒息が始まった。 友達がネットで気晴らしをしているという話を聞いてヘソクリでパソコンを買った。家族には随分文句を言われたが譲らなかった。 二人がそれぞれのサイトを渡り歩くうちに一つのサイトに辿り付き、そして二人は出会った。 家族に対する不満や募る不信や孤立が二人の連帯感を硬くした。 書き込みを見た他の人の邪魔な意見が入らないwebメールだけの閉鎖したやりとりが離れ小島で二人に新鮮な水と空気を与えイキイキさせる。 互いが互いの本当の姿を知らないという事実も神秘性という味のスパイスになる。 >いい事いい事。。。 >家に閉じこもってばっかりじゃ簡単に巡ってこないだろうなぁ >最近スーパー以外で外に出てないもんなぁ >そうだねー(−"−) >そうだ!いい事、二人で作ろうよv >オフで会ってみない?(☆▽☆)キラーン >二人揃えば文殊の知恵だよー(笑) 少女との他愛無いやりとりと空になったグラスが夢見悪くて沈んでいた気分を一気にハイに持ち上げる。 >三人揃えば、だよ(笑) >いいね! >っても、パソコン買ってヘソクリなくなったからなぁ >あんまり遠くは行けないよー >すぐじゃなくていいよー >えっとー私もお小遣い貯めなきゃだから >ニ、三ヶ月くらい先ー? >一泊くらいしたいよねー いつの間にか外がうっすら明るくなってきた。そろそろうるさくキーボードを叩いていると家族が起きる。 >じゃあそういうことで。。。 >会えるといいなぁ会いたいね! >どこでいつ会うか、これからゆっくり考えよう >ではそろそろ家族が起きるので。。。 >カノちゃんはそろそろお休みなさいかな?(笑) 彼女がネットから落ちる。 少女が何気にマーサの部屋を覗くとログインのアイコンが×になっている。 急に寂しさがこみ上げてきた。 このサイトで他に話せる相手がいないわけじゃない。しかしやっぱり彼女は特別な存在なのだ。 同じ時期に登録して同じような疎外感を持っていて同じ虚無感を理解しあえる。 他の人達とは違う、自分達は出会うべくして、出会ったのだ。たまたま同時期にネットを始めたのも、このサイトに辿り付いたのも全ては必然だったのだ。 寂しさをすりかえる為にさっきまでのやりとりを頭の中で反芻していると、奇妙な興奮がこみ上げて来る。 マーサと会うなら。。。マーサと会うならここと決めていた場所があった。 ブックマークの一つを開く。 それは数日前。何気にマーサと交わした話題。 自分達って、この家族の中で生きてないみたいだね。。。 どちらが言い出したのかはログもとっくに流れてしまってもうはっきりしない。 >もし、本当に死ねるとしたら眠るように死にたいなぁ >痛いのはヤだよね(−−;) >切ったりとか首吊ったりとか。。。ヤだなぁ >死んだ跡が汚かったりみっともないのはどうでもいいけど苦しいのはヤだー >えぇ?汚かったりでもいいの?(笑) >だって自分の死に様を自分で見るわけじゃないもん(>▽<) >なるほど!それもそうだね!(爆) 。。。そうだ! 少女は最後にマーサへ一通の置手紙を残してログアウトした。 ――今日は。。。私ももう寝よう〜 ベッドに横になると、今までになく珍しく良く眠れる。そんな気がした。 二ヶ月が過ぎた。町は師走の前のクリスマス商戦。 少女の家でも彼女の家でもせわしない、だけどほのかに華やかな雰囲気が漂う。二人を除いて。 二人はあれからも何度となくサイトで会って密会を続けた。 その内容はどんどん濃く、真実味を増し、町や家族とは違う形の盛り上がりを見せていた。 少女は週に一度、決まった時間に家を出て決まった時間に帰ってくる。そして相変わらず家族の誰とも口をきかない。 彼女は深夜家族が寝静まった頃パソコンを起動させるのに、後ろめたさも何も感じなくなってきた。 >明日だね!ゝ(>▽<)ノ★ >マーサの家がうちからそんなに遠くなくて良かった〜 >早く会いたい早く会いたいよぉ(ノ>◇<)ノジタバタ >約束通り旦那の車使って迎えに行くから >遅刻厳禁だよ! >って、一時間くらいは待ってあげるよ(笑) >マーサこそ遅刻厳禁だよぉ〜 >外で待ってたら先に凍え死んじゃうよぉ >(ノ−;) 少女が家を出たのはいつもの曜日のいつもの時間。母親は何も不信に思わない。そもそも既に関心がないだろうことは週に一度家を出る習慣が出来始めた頃「どこに行くの?」とも「珍しいこと」とも心配はおろか嫌味一つ言わないあたりで十分解った。 「外で犯罪でも犯さなきゃそれでいいわ」 ほんの数日前父親とそんな会話をしているのを盗み聞きした。 彼女は少しだけ近所の人に捕まった。 「珍しいわねぇ車でお出かけ?」 彼女のことを引きこもり主婦と噂している張本人だが、この声を聞くのもこれで最後と思えば自然笑みが浮かんでくる。 「ええ。ではごきげんよう」 待ち合わせの駅。目印の白い花束。 実際には初めて会うのだが、もう十何年の旧知の仲のような親しみが湧く。 「想像してたのよりおばさんでびっくりしたんじゃない?」 「ワタシこそー。ずっと不規則な生活してたから肌なんてボロボロで恥ずかしいー」 彼女の運転する車に乗り込み高速に乗って二時間とちょっと。 少女に、何となく死にたい願望があるのはとっくに知っていた。 正確には『死にたい』わけではなくて『どこか遠くに行きたい』 誰も居ない場所。自分を誰も見ない場所。静かで一人っきりになれる場所。ずっとずっと変わらないで動かない場所。 >そんなのあの世くらいしかないよ >あの世かぁ〜あの世でもいいなぁここじゃなければどこだって >そんな場所があるのなら私も行ってみたいけどね >あるよ!きっと!そうだ!そんな場所が見つかったらマーサも一緒に行かない? >それじゃ一人っきりじやないじゃない(笑) >あ、そっか(*σvσ*)エヘッでも一人っきりはやっぱり寂しいかも。。。 >だからさ、いつか一緒に行こうよ。。。 それでいいと思った。それもいいと。 所詮自分はこの家の中でただの家政婦。人権すらない。 家に閉じ篭ってパソコンに向かい続けていても、食事の用意と掃除と洗濯さえしていれば誰も何も言わなかった。 夫が平凡な主婦である自分を見下している以上、子供達もご飯を作ってくれる人以上に見やしないことが痛いほど解った。 だったら。。。ここにいるのが自分である必要はないだろう。 いや、むしろ自分などいない方がいいのに違いない。若い"彼女"の方がずっと上手くやるだろう。 それよりもネットで会う見知らぬ少女の方がずっと本当の家族に思える。 娘ではない。母と娘という関係ではなく。。。家族という表現ももしかしたら的確なものではないかもしれない。 母親と同じ年頃のはずなのに、母親らしい事を何一つ言わない彼女は既に無くてはならない存在だった。 学校のクラスメイトのように若すぎてもいけない。弱みを見せるとすぐに見下してきたりバカにしたことを言う。 「アンタバッカジャナイノォ?」 一学期の間に何度となく聞かされた暴言。 むしろ「バカジャナイノ」しか見下した表現を持たないあんたたちの方がバカじゃないの。。。 そう思ったが口には出さない。「バカジャナイノ」が二百倍になって返ってくるから。 とてもじゃないけどこんな連中相手に家の複雑な悩みなんて話せやしない。 ネットはいい。顔も知らない相手だからこそ何の先入観も持たずに何でも話せる。お互いがうっとおしくなりはじめればさっさと降りればいい。いざとなればHNを変えて違う人間になってしまえばいい。 だけど彼女は別。今までオフでもオンでも会ったいろんな人達とは違う。 なんとなく。。。そう、なんとなく、フィーリングが合う。 「それにしても樹海だなんて、渋い所選んだねぇ」 彼女は風穴バス停傍の土産屋の駐車場に車を止めた。 十二月の富士山は雪景色。 「自分が死ぬとしたらって話したことあったじゃない。それでなんとなーくここだなって思ってからずっと調べてたの」 白い花を用意して行こうと提案したのは彼女だった。 「これならどう見ても自殺志願者なんかじゃないよね」 「うん。以前ここで死んだ身内に花持ってきたように見えるね」 二人は小さなショルダーバッグを肩に下げ車を降りる。 売店の店員がいぶかしげに見ているのを軽く会釈してやりすごす。 「あんまり奥に行っちゃだめだよ」 店員が声をかけるのに「はい少しだけですから」と返事をして奥に進む。 幸い雪は小降り。 「スノーブーツ履いてきてよかったね」 「うん。すごい雪。。。」 「奥の方はもっとすごいって。膝丈まで積もってるんじゃないかな」 それでもまだ歩ける程度に道なりに雪が固まっている。これが夏なら丁度良い散策コースだ。 「お腹減ってこない?」 そういえば昼はとっくにに過ぎている。 「ワタシいいもの持ってきたよ」 少女が自分のバッグからゆで卵を二つ取り出した。 「今朝方家の人が起きる前にこっそり作ったの。卵あるだけ使っちゃった」 開いて見せたバッグにはざっと数えて七つばかりのゆで卵が入っている。 「ゆで卵なんて久しぶり。。。」 剥いた白い殻が白い雪の上に音も無く落ちる。歩きながら剥いて食べながら歩く。 「ヘンゼルとグレーテルのパンみたい」 少女が振り返りくすっと笑う。 その様子を見て彼女が少しだけ真剣な顔になる。 「。。。戻るなら。。。今だよ?」 うつむきがちに小さな声で返事をする。 「ううん。このまま行こうよ。」 「いいの?ほんとに?」 「死にに行くわけじゃないもん。。。静かな所に誰もいない場所に行くだけだもん」 「。。。そうだね。。。」 しばらく歩くと道からそれた場所に大地がぽっかりと口を開けたような姿が見えた。 「ちょっと遠いみたいだけど。。。行ってみる?」 横道にそれると雪がいきなり深くなる。膝まである雪をかきわけ歩くのは想像以上に体力が要る。 洞窟と思ったそれは木々に積もった雪が自然に創ったかまくらのようなものだった。 「汗かいちゃったね」 彼女が笑うと少女も笑う。 「雪。。。降ってきたね」 「足跡。。。消えるかなぁ。。。」 彼女がビニールシートを敷いて座る。続いて少女も座る。 「ね、持ってきた?」 少女が不安そうに聞いた。 「勿論」 バッグの中から小さなコーヒーの瓶に詰めた錠剤を見せた。 >会っちゃうともしかしたらそんな気分になっちゃうかもしれない。 >衝動的になっちゃうと失敗して辛い思いしそうだから >今から計画練っとこうよ >とりあえずワタシ明日から不眠ってことで病院行って >睡眠薬っての?貰って飲まずに集めてみる〜 >登校拒否ムスメ。だからねv >カウンセリング行くって言えば家族だって怪しまないよ〜(⌒▽⌒)ノ 二ヶ月前のあの早朝、少女が彼女に残したメール。それを見て彼女も気持ちが実行に向けて動き始めた。 「ワタシさぁ、子供だからってあんまり強い薬もらえなかったよ」 「私の方は深刻そうに言ったら結構強いのもらったよ」 「どんなの?」 「一回試しに飲んだらまる一日起きれなかった」 「すごーい」 二人は声を上げて笑う。その声の上にも静かに雪は積もり始める。 「でもあんまりたくさんないね。。。」 「大丈夫だよ。これだけ半分ずつ飲んで眠ればこの寒さだもん」 「そうだね。後は誰にも邪魔されないといいなぁ」 少女が睡眠導入薬を詰め替えたおしゃれな小瓶のキャップを開けた。 「はい、これ」 彼女は自分も瓶のキャップを開け、その中身を三分の一ほど彼女に渡した。 そしてバッグの中から今度はジンのボトルを取り出した。 「いいなぁ」 羨ましそうに眺める少女にオレンジジュースのペットボトルを差し出す。 「これ、スクリュードライバーっていうカクテルにしてあるよ。アルコール少なめにして飲みやすくしておいたから」 それぞれのボトルをラッパ飲みしながら薬を数錠ずつ分けて飲み込む。 「ふふ。。。お酒って始めて飲んだよ〜お父さんが飲んでるの見て一度飲んでみたかったんだ〜」 ぼんやりと頬が桃色に染まってゆく。 薬を飲みアルコールを飲み、その繰り返しの合間に残ったゆで卵を食べる。 「ねぇ、もし誰かに発見されて連れ戻されちゃったらどうしよう。。。」 ふと少女が我に帰った。 「そうだね。。。そしたら。。。そうだ!ディズニーランドに行こう!」 「え〜?ナニそれ〜?」 少ないアルコールで酔いが回り始めた少女がケタケタ笑う。 「だって連れ戻されちゃったら私達きっともうネットなんてやらせてもらえないよ」 「うん。。。そうだね。。。」 笑っていたと思うと今度は急にしゅんとなって涙ぐむ。 「だからさ、今のうちに約束しとこう。連れ戻されたら。。。」 「うん」 「来年の一月の第三日曜日。この頃ならもう外に出たりしてるはずだもん」 「うん」 「お互いの家族に頼んでディズニーランドに連れて行ってもらうの。そして。。。そうだな。。。ホーンテッドマンションの前で待ち合わせしよう」 「そんなのお互いの家族に見つかったら大変だよぉ」 「だからさ、カノちゃんはホーンテッドマンションの入り口傍で行列に加わらないでボーっと立ってるの。私はそ知らぬ顔で通り過ぎるから」 「うん、それから?」 「お互いに声をかけたりしなきゃ家族にもバレないと思うよ?それですれ違いざまにお互いだけを確認しよう」 「もし。。。確認できなかったら?」 「確認できなかったら。。。現れなかった方は成功しちゃったってことにして」 「うん」 「後を追うのも自由。相手の分も精一杯生きる気になるのも自由ってことで、どう?」 「なるほど〜」 彼女は一気に喋り終わるとジンをまたぐいっと口に流し込む。 「いいね、いいね〜一月の第三日曜日ね〜」 少女はラムネを頬ばるように錠剤を口の中に放り込んでゆく。 ボトルの中にグラス一杯程度のジンを残して彼女がバッグの中から赤い液体の小瓶を取り出した。 「それ。。。なに。。。?」 「カンパリ。。。」 残ったジンにカンパリを混ぜて薄赤い酒を造る。 「なんだったかな。。。昔何かの映画でこうやってジンを飲むのを見たの。。。」 「。。。ふぅん。。。きれい。。。だねぇ。。。」 「。。。うん。。。きれい。。。でしょ。。。」 「なんだかあの。。。夏休みがまだ。。。続いてるみたい。。。」 降り積もる雪を魔法でも見るかのように眺める少女は空になったペットボトルを力無く地面に手放した。 「。。。雪。。。降ってるのに。。。ね。。。」 少しだけ残った薄赤いジンのボトルに交代で口をつける。 二回繰り返すとそれも無くなった。 「。。。こうしてると。。。温かい。。。ね。。。」 「。。。雪。。。。って。。。に。。。ね。。。」 > オヤスミナサイ − Top− −Novel Top− 2003.10.28 |