■■■
青春の味は琥珀
■■■
初めて呑んだ酒はスコッチだった。
16歳の時バイトして稼いだ金で白い犬と黒い犬の並んだ可愛いボトルを買った。肴には茶色のパッケージの板チョコを一枚。
押入れの隅に買ったままの紙袋ごとしまい込んで家族が寝静まる夜中を待った。
呑み方なんて知らなかった。だから水も氷も用意してなかった。
暗い時間帯に不似合いなラジオの深夜番組の始まる音楽を合図に「きゅっ」とキャップをひねる。受験勉強の息抜き用コーヒーの為に買ったデミダスカップに琥珀の液体を注ぐ。「とくとく」と流れ出る音に何だか大人になってしまったような錯覚を感じてその雰囲気だけで酔ってしまった。
チョコレートを指で小さく割り口に放り込み、うっかり呑み込まないように舌で転がしながらカップの端を唇に当てる。
強烈なアルコールの匂い。初めての体験に一瞬脅えて手が止まる。
口の中のチョコレートが溶けてしまう前に、勇気を出して肩も喉も震えさせながら一口を含む。
鼻から一気につきぬけるツーンと焦げるような匂い。えいや、とチョコと一緒に喉を通すと焼けるようなヒリヒリする痛みが喉から腹に駆け下りる。
ぷはー、と思い切り息を吐くと今度はその痛みと匂いが逆流して口から溢れ出る。
いつだったか、夜遅くまで起きていても怒られなかった冬休みだか夏休みだかに大人に混じって見た映画。
都会の隅の薄汚れた暗い店でカッコいい俳優がそんな風にチョコレートでウィスキーを呑んでいた。
だから初めて酒を呑む時は絶対チョコレートでウィスキーをと決めていた。
甘ったるかったチョコレートは燃え尽きたのか、喉にその甘い感触が走ることはなかったのを不思議に思ったのが今でも印象に残っている。
親戚が集まった時呑んでいたやり方を思い出して、こっそりと台所へ行き大きなマグカップに水を注ぎ部屋へ戻り今度はデミダスカップに少しのウィスキーを入れて水を加えた。
もう一度チョコレートを口に放り込み水っぽくなってしまったウィスキーを流し込む。
最初の衝撃が大きすぎてもう「酒を呑んでいる」という背徳も感動も無くなってしまっていた。
白と黒の犬が並んだラベルのボトルはそれから次の週末まで押入れの隅で眠っていた。はずだった。
今度はちゃんとスコッチの呑み方を本で読んで勉強した。水の量も調節して、氷も用意して。
押し入れに隠した紙袋をこっそり取り出す。
やけに軽い紙袋。一抹の不安。
袋から出したボトルは空になってしまっていた。
どういうことなのか、誰かに説明を乞うこともできずに用意されたチョコレートと氷と水が虚しく色あせていく。
翌日の日曜日、謎は解けた。部屋を掃除した時にボトルを見つけた母親がこっそり中身を別な空瓶に移して毎晩呑んでしまったのだ。
「未成年がお酒呑むのを黙認してあげたんだからこれはその代金よ」
ケラケラと笑って言う母親に腹が立ったが何も言える立場にない。
またバイトに精を出し、次の酒を買うしかない。
それから高校を卒業するまでスコッチばかり呑み続けた。「J&B」「ホワイトホース」「ジョニーウォーカー」etc……
高校を出て就職をして初めて連れて行かれたBARでバーボンに出会うまでずっとスコッチを呑み続けた。
最初の就職が上手くいかずアルバイトで首の皮一枚つなげたような暮らしをするようになると更に日本酒や焼酎、またバイト先にバーや居酒屋があった関係でもっと他の酒も覚えた。
だけど今でも懐かしく思い出すワタシの酒の原点はあの燃えるようなモルトの琥珀。
……………
え?カッコつけすぎですか?だってお客さんが聞くから話したんですよ。ワタシのお酒初体験。やだなぁ、そんなに笑わないでくださいよ。
<2004.6.15>
|